最終更新日 2006年 1月21日



市民運動のスタート
       (現在のページ            

 卯建と虫籠窓のある文学館――京都文学館のイメージ

                         中村 孝氏設計 (1997年2月設計)

 

京都市長への要望書(趣意書にかえて)

「京都文学館」イメージの提案

作ろう京都の文学館 京都文学館設立を求める会 会長 田中  礼

運動の状況
    文学散歩・他
 〔2005年12月27日付け 更新があります〕

『全国文学館みてある記』 【資料】

「京都と文学のつどい」イベント 
                 

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『つれづれ草』新 設

惜別! 松村さん              


歴史文化都市にふさわしい
文学館を京都に

●市民運動のスタート     ******************* レポータ     故 松村  茂

 

全国で主要な文学館、作家などの記念館、文庫はすでに250館をこえ、知られていない文庫などを含めると約800館(98年2月3日付、朝日新聞夕刊『日本近代文学館創立35周年に寄せて』――中村稔同館副理事長の寄稿)をこえていると言われている。

活字離れが進行し、小説すら読まれないなど文学の衰退がかなり以前から嘆かれているが、一方では各地に文学館がどんどん増加している矛盾した現象はいったい何を物語っているのであろうか。
 特に今年に入って目立ったユニークな文学館が各地に生まれた。8月4日開館した松本清張記念館
(小倉)へは全国から熱い視線が集まり(『オール読物』九月号などで特集)、三浦綾子記念文学館(旭川)、渡辺淳一文学館(札幌)、三島由紀夫記念館(山梨)その他枚挙にいとまがない。

今後さらに、司馬遼太郎記念館(財団・大阪)や、宇治市で市立源氏物語ミュージアム(仮称)が生まれる予定であり(11月)、宇治十帖の舞台を生かした歴史・文化の生涯学習施設をめざしている。大阪市は、6年前から市教育委員会が主体となってアミュージアムタイプの文学センター構想を持ち、プレ事業としてシンポジウム、文学史年表の作成など取り組んでいる。
 ところが千年来の古典文学の宝庫とも言われ、また最近、世界遺産登録を待つ京都にまだ文学館が存在していない。いったいこれはどうしたことなのだと、市民は頭を傾げている
(京都市は文学に関して1960年1月・市文化局が年刊『文芸京都』誌などを発行し、それなりの関心を持っていたことがあった)

こうしたなかで、京都でもできるところから可能性を引き出そうと文学愛好者らが96年4月27日、京都市立呉竹文化センターで8人が集まり旗揚げした。呉竹文化センターでの会合で、文学館設立を求める会は準備会を発足させ、代表世話人を詩人相馬大氏(前京都聖母女子短期大学教授)にお願いした。
 この動きに応えて96年5月22日、有吉節子日本共産党京都市議会議員が市会本会議の一般質問で桝本頼兼市長に「文学にたいする関心が高まり、全国で文学館が広がっているとき、源氏物語をはじめ数々の文学作品を生み出してきた舞台であり歴史文化都市である京都市に、文学館が設立されていないのは誠に残念である」と、検討を求めた桝本市長は「京都はそれ自体、文学館のようなものである。京都の魅力の発信にもなるよう研究していきたい」という趣旨の答弁をしている。
 

文学散歩に延べ130人
点在型文学館も視野に

私たちの運動は96年11月、まず紫式   部研究で著名な南波浩・同志社大学名誉教授を迎え、紫式部と源氏物語について講演をお聞きした。また、多彩な文学プレ講座として、与謝蕪村について関係深い左京区金福寺で蕪村を偲ぶつどいもひらいた。この頃から新聞記者の取材を受け始める。

さらに世話人会は姫路市立文学館へも足を運んで視察し、館の関係者諸氏と懇談をひらくなど、研究と視野を広めていった。こうした内容は会機関紙「レポート」に紹介し、今年9月で第13号を重ねている。会員も65名になってきた。

文学はその作品を読むだけでなく、実際にその作品の精神や思いを知るために、作家が生きて歩いた道を私たちが踏みしめ、どのような風士や人生を愛したか、肌を通して感じとることが大切である。これを味わうため、府下各地へ文学散歩を行っている。

これを会の重要な行事として位置付け、嵯峨 伏見、宇治、京田辺一休寺など七回を重ね、延べ
:130人が参加している。

 今後は与謝野晶子の歌集や、志賀直哉の「暗夜行路」に登場する洛北、鞍馬寺の古道を訪ねる予定である。
 私は「京都と志賀直哉」について嵯峨の文学散歩で語ったことがあるが、京都は作家たちにとって特別に深い意味を持つ地である。
 京都在住の作家岡本好古氏に等持院近くの寺で、著書『御所車――最後の将軍・足利義昭』について講師を依頼し、また水上勉氏らとも懇談を行ってきた。
 水上氏との懇談では京都の特徴を考慮し、京都のまちづくりを視野に入れた点在型の文学館をつくろうという新しい発想も出てきた。
 あるいは今年5月の第2回総会で、子どもたちが参加する文化を花咲かせるため、京都子ども文学館をつくろうと新しい提案もあった。世話人会は検討をすすめている。

 二十一世紀の早い時期に実現へ
 夢を抱いて花咲かせよう
 

こうしたさまざまな運動の蓄積や意見を集約し、京都市文化市民局文化部と96年5月、97年2月、98年1月の3回懇談し、京都市長に具体的な要望書を2回提出した。
 京都市総合企画局が「二十一世紀・京都のグランドビジョン」
(中間報告)を昨年発表したが、その一環として市民の声をじかに聞くためのKBSテレビ討論会が昨年5月に行われ、私が参加し「二十一世紀の早い時期に京都にふさわしい文学館の設立を望みたい」と発言したが、続く発言者からも文学館が必要だと述べられ、2回放映された。
 今年の8月31
:日の京都市会文教消防委員会で有吉委員が文学館について質問し、坪倉文化市民局長が「各地の文学館視察を行っている。文化市民局として文学マップ発行も検討したい」と答えた。

京都文学館への関心はいま、地味ながら芽を出そうとしている。

私たちは会以外の人たちとの交流などもすすめている。2月2日「市民ネット」の方々からの呼びかけで呉竹文化センターにて懇談会をひらいた。双方から14名が参加し、市民ネットから「京都市内の約80ある中学校区はそれぞれ文化拠点の単位として位置付けられる。点在型の小さな文学館もあっていいのではないか」「長期にわたる運動だが、小さくともいいから足がかりになるものを」など、いろいろ有意義な意見もいただいた。

私たちは地域の歴史や文化性、あるいは京都特有の伝統産業とも結びついた幅広い文学性を含む新しい文学館タイプもあってもいいのではないかと語り合っている。
 今年の夏休み期間中の8月、滋賀県立図書館で京都の作家、邦光史郎氏の三回忌回顧展がひらかれた。近江商人の作品を書いた邦光氏に因んでのことだが、京都でも記念展をひらいてほしいとの声もあった。学生たちの鑑賞姿が目立っていた。
 私たちはこのほど日本ペンクラブ京都在住会員を対象とした京都文学館設立についてのアンケート調査結果をまとめて各界へ広く伝えている。裏千家家元の千宗室氏をはじめ回答者6割強が京都文学館の必要性を訴えられている。

京都文学館への実現は多くの夢を抱かせる。文学ゆかりの地に駒札を建てる呼びかけや、会レポート紙にユニークな全国文学館「みてある記」掲載など、ささやかなことでもだいじに見守り、一つひとつ実を花咲かせていきたい。

 

 (京都文学館建設を求める会事務局長、日本ペンクラブ会員)

  【雑誌「ねっとわーく京都」 (199811月号)に、運動レポート『歴史文    
   都市にふさわしい文学館を京都に』。市民運動がスタート――と題して掲載】


     

  京都文学館設立を求める会 
    
会長  田中  礼

  【事務局】 〒612−8307 京都市伏見区景勝町36−1
                                            松村 茂・方
         京都文学館設立を求める会                                                    

        TEL 075(611)2833
        FAX 075(622)8803

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